大判例

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仙台地方裁判所 平成元年(行ウ)8号 判決 1991年3月27日

原告

小原豊

右訴訟代理人弁護士

角山正

被告

宮城県教育委員会

右代表者委員長

葛西森夫

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

右指定代理人

山下裕

庄子正昭

佐々木寿男

畑山悟

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和六〇年一一月三〇日付でした懲戒免職処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

(懲戒免職処分の発令)

1 原告は昭和五六年四月一日仙台市立東仙台小学校教諭として被告に雇用され、昭和五九年四月一日から同市立通町小学校教諭として勤務していたところ、被告は昭和六〇年一一月三〇日原告を地方公務員法二九条一項一号、二号及び三号により懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)にした。

(裁決の理由)

2 原告は、昭和六〇年一二月二六日、宮城県人事委員会に対し本件処分の取消を求めて不服申立をしたところ、同委員会は平成元年九月八日本件処分を承認する旨の裁決をした。

よって、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2は認める。

三  抗弁(本件処分事由)

1  本件処分の背景的事実である10・20成田事件の概要

昭和六〇年一〇月二〇日、千葉県成田市三里塚上町二番地の三里塚第一公園(以下「第一公園」という。)で、「二期工事阻止、不法収用法弾劾、東峰十字路裁判闘争勝利、動労千葉支援、10・20全国総決起集会」(以下「10・20集会」という。)が開かれ、三里塚芝山連合空港反対同盟(以下「反対同盟」という。)北原グループ及び中核派等の極左暴力集団など合計四〇〇〇人が参加した。

10・20集会及び事前に届出た経路によるデモ行進は、千葉県公安委員会により危険物を携帯しないこと等の条件が付されて許可されていたものであるが、同集会終了後、成田空港施設内への突入を企図していた中核派を中心とする集団数百名は、本来のデモ行進のコースから外れて同空港第三ゲートから空港内に突入しようとし、警戒中の警察部隊に対し、石、火炎びんを投てきし、丸太、角材、鉄パイプを使用し、突きかかるなどの行為(以下「本件事件」という。)をした。

本件事件は多くの警察官に負傷者を出すなど悪質かつ激しいものであり、その結果二四一人が凶器準備集合罪、公務執行妨害罪、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、傷害罪等の現行犯で逮捕された。

本件事件はテレビ、新聞等で報道され、特に逮捕者の中に教員四人を含む公務員二四人がいることが報道されると社会的反響を呼ぶとともに、父母、地域社会に激しい動揺と不安を与え、逮捕された教員に対する非難の声が巻き起こった。

2  原告の非違行為

(一) 政治的行為

原告は講読している週刊新聞「前進」を通じて10・20集会が行われることを知り、昭和六〇年一〇月一八日金曜日通町小学校の他の教職員が退勤した午後五時四五分ころ、自ら作成した10・20三里塚現地闘争への参加を呼びかける趣旨の「10・20三里塚で中曽根を倒そう」などという見出をつけた文書(以下「本件ビラ」という。)を同校教職員室内の全教職員の机上に配布した。

これは、教育公務員特例法(昭和二四年法律一号)二一条の三第一項において準用する国家公務員法(昭和二二年法律一二〇号)一〇二条一項、人事院規則一四―七第六項一三号に違反する。

(二) 職務命令に従う義務違反

昭和六〇年一〇月一九日朝の通町小学校教職員打合で本件ビラの配付が問題となり、小松夘一校長から教育の場にふさわしくない旨の指摘がなされ、同日午前八時四〇分ころその席上原告に対し本件ビラの回収命令がなされたが、原告はこれに従わなかった。これは、地方公務員法(昭和二五年法律二六一号)三二条に違反する。

(三) 信用失墜行為

原告は、中核派が10・20集会にあたり機動隊せん滅、空港進入などを呼び掛けていることを知りながら、昭和六〇年一〇月二〇日同集会に参加した。同集会終了後、成田空港内に突入しようとした中核派を中心とする集団に参加し、現実に同集団の一部が警察部隊に対して、石、火炎びん、丸太、角材、鉄パイプ等により攻撃を加えるなどの街頭武装闘争を行うに及んでも、終始同集団の一員として行動を共にし、同日午後四時三五分ころ、凶器準備集合罪、公務執行妨害罪、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反の現行犯で逮捕された。その際、原告は中核と書かれた白いヘルメットをかぶり、マスク、サングラスをして顔を隠し、タオルを首に巻き、手には軍手をし、運動靴、ジーパン、作業用ジャンバー、防炎加工のウインドブレーカーを着用していた。

本件事件はテレビ、新聞等で大きく報道され、国民を驚愕させると共に、厳しい非難の的となった。このような行為は、極めて違法性の強い反社会的な行為であり到底許されるものではない。

公務員は、全体の奉仕者として公共の利益のため勤務しなければならず、その職務の信用を傷つけたり、職員全体の不名誉となるような行為をしてはならないことが法令により定められており、特に教育公務員たる教員にはより強く求められている。したがって、原告が本件行為に及んだことは、教員に対する社会的信用を著しく損なうものであり、地方公務員法三三条に違反する。

(四) 職務専念義務違反

原告は、逮捕後千葉県市川警察署に勾留されたことなどから、年次有給休暇(以下「年休」という。)がなくなるまではこれを利用し、年休の残時間が無くなった昭和六〇年一〇月二九日以降同年一一月一二日午後三時ころまで欠勤を続けた。これは地方公務員法三五条に違反する。

3  本件処分の妥当性

公務員は、全体の奉仕者として厳格な服務上の義務が課せられている。とりわけ思慮分別の未熟な児童、生徒の教育をつかさどる重要な任務を担っている教育公務員は、その言動の影響の大きさから、法や社会秩序を守ることが強く要請され、他の職種の公務員よりも一層高度な服務上の義務が課せられている。したがって、教員の服務上の義務違反に対しては、一般の公務員以上に厳格にその責任が問われなければならない。

しかるに、児童に対し法の遵守を説き、自ら範を示すべき立場にある原告が目的のためには手段を選ばぬ暴徒と行動を共にして逮捕されたことは、原告の職務の性質から児童に及ぼす影響の大なることはもとより、父母及び地域社会の信頼を根本的に裏切るものであり、教員全体の社会的信用を著しく失墜させたものであって、このような重大な義務違反を行った場合には、これのみでも十分懲戒処分に値する。また、原告は昭和六〇年一一月一三日付の同小学校校長に対する顛末書の中でも何ら反省を示していない。

以上の事情等から、被告は原告の処分について懲戒免職処分が適法かつ相当であると判断したものである。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  原告が10・20集会に参加し、同集会は千葉県公安委員会が許可したデモ行進を行ったものであること、現行犯逮捕されたこと、一〇月一八日に通町小学校においてビラを配布したことは認める。

2  本件処分は以下に述べるとおり違法無効である。

(一) 政治的行為について

原告のビラの配布は勤務時間外に行われ、配布先も限定され、内容的にも組合新聞等と比較してとりたてて問題にされるものではなく、原告主張の法条に違反するものではない。

(二) 職務命令に従う義務違反について

校長の命令は職務命令としての適法性を欠いたものであり、これに従わないことを処分事由とすることはできない。

(二) 信用失墜行為について

(1) 原告は10・20集会に参加したが、角材で機動隊に殴りかかったり、投石をしたことはない。集団の先頭部分の者が角材等により機動隊に応戦したことは、同隊が攻撃を始めたため突発的に生じたものであり、原告が事前に角材所持者らと共謀したことはなく、また、突発的かつ混乱の中で現場共謀の成立するような状況でもなかった。当日のデモ参加者のうち二四一名が逮捕され、このうち第一公園での逮捕者が一〇〇名にのぼっているが、これは警察が現場の混乱から逃げていく集会参加者をも無差別に逮捕したためである。なお、十字路付近で逮捕された者のうち五六名が起訴されたが、第一公園で逮捕された一〇〇名は全員不起訴となっている。これは、十字路付近では火炎びん、角材、鉄パイプ、投石等による激しい衝突があったのに対して、第一公園付近では角材を所持していたものが一部にすぎなかったこと、原告は角材、石等を所持していなかった等の事実による。原告が実行行為に及んだことは認めることはできず、さらに、原告と十字路付近の者及び第一公園付近で角材で応戦した者らとの間の共謀を認めることはできない。原告以外の者の行為について、原告に責を帰せしめることは不当である。地方公務員法二八条二項は起訴休職を定めているが、原告は不起訴となったにもかかわらず、免職という重大な処分をしたものであり不当である。

(2) 原告の行為は千葉県公安委員会が許可を与えたデモに参加していたというものにとどまっており「合法的なデモへの参加」そのものを処分対象にしているものであり、明らかに憲法違反である。原告が、新東京国際空港建設反対の意見を持ち集会やデモに参加することは国民の基本的権利である。右集会で参加者の一部が機動隊と衝突したことにより、集会やデモ自体が違法となるものでない。また、原告が集会参加者の一部が機動隊と衝突するかもしれないことを予見できたとしても、集会あるいはデモに参加したことが違法になるものではない。したがって、三里塚闘争に参加したこと自体教育公務員としてふさわしくない非行であり信頼を失墜する行為であったとはいえない。原告は現行犯逮捕されたが、逮捕事実にあたる行為をしていないから、逮捕勾留されたこと自体を非行と評価することはできない。また、原告は逮捕を予期して集会に参加したわけではない。

(四) 職務専念義務違反

原告の欠勤は、起訴が不可能であった現行犯逮捕とそれに続く勾留に起因するものであり、原告の責に帰することのできない事情によるものであるから処分の対象にすることができない。

第三証拠関係(略)

理由

一  原告が仙台市立通町小学校に勤務する教諭であったこと、被告が原告に対し本件処分をし原告がこれに対する不服申立をして裁決を経由したこと、原告が(1)本件ビラを配布したこと、(2)10・20集会に参加したこと、(3)右集会後のデモ行進中原告が被告主張の罪名により警察官によって現行犯逮捕され、千葉県市川警察署に昭和六〇年一一月一一日まで勾留されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  (証拠略)によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原告は「10・20三里塚で中曽根を倒そう」等の見出しで10・20集会への参加を呼びかける一九八五年一〇月一四日付け「三里塚ニユース(No3)三里塚をたたかう教育労働者の会、連絡先仙台市通町一―一―一小原」と題する謄写版ずりのビラ(<証拠略>、以下「本件ビラ」という。)を作成し、昭和六〇年一〇月一八日他の教職員が退勤した午後五時四五分ころ、通町小学校の職員室において、個人名を書いた封筒に本件ビラを入れて全職員の机上に配布した。

2  翌一九日本件ビラの配布を知った同小学校校長は、午前八時三〇分頃から職員室で行われた朝の打合せで、本件ビラが教育の場にふさわしくないものであると指摘し、全職員には原告に返還等するか廃棄するようにとの処置を指示し、原告に対しては配布した本件ビラの回収を命じたが、原告は納得できないと言ってこれに応ぜず、回収がなされないまま一校時の授業開始の時刻になった。一校時終了後校長は原告を校長室に呼んで回収を説得したが授業開始時になったため中止、午前中の授業終了後、再度校長室で本件ビラの回収を原告に指示したが、回収がなされなかったため、教頭が回収した。配付総数は二九で配布を受けた者が廃棄したものは一二、教頭が回収したものは一七であった。

3(一)  翌二〇日、新東京国際空港建設第二期工事の実力阻止を標榜する三里塚芝山連合空港反対同盟事務局長北原鉱治(以下「反対同盟」という。)が主催し、中核派などの団体合わせて約四〇〇〇名が参加し、午後〇時ころから、第一公園において「成田闘争二期工事阻止、不法収用法弾劾、成田用水粉砕、東峰十字路裁判闘争勝利」全国総決起集会を開いた。右集会において、反対同盟の基調報告、各参加団体の決意表明等が行われ、午後三時五〇分ころ、中核派全学連委員長から「機動隊をせん滅し、第三ゲートに進撃せよ、成田空港に突入せよ。」等の発言がなされた。午後四時ころ、数台の車両により丸太、鉄パイプ、角材、火炎びん、石等が同公園に搬入され、白ヘルメットの中核派はこれらを逐次携え一団となってデモ隊の先頭集団となって、午後四時二〇分ころ、同公園北口を出発した。

(二)  デモ隊は同公園から三里塚十字路を右に曲がり県道成田・松尾線を小池方向へ進み大袋入口から町道大袋・岩山線を通り岩山記念館下で流れ解散する経路を千葉県公安委員会に届出ていたが、三里塚交差点に差しかかると右デモ経路を外れ、国道二九六号線を直進し成田空港第三ゲート方向に向かおうとした。そのため付近を警戒中の機動隊から「公安条例に従いなさい。」等の警告がなされたにもかかわらずこれに従わず、午後四時二三分ころ、同十字路においてデモ隊の先頭部隊が機動隊に対し長さ五、六メートルの丸太数本を抱えて突入し、これを阻止しようとした機動隊員に対しこれに続く集団が鉄パイプ、角材等で突いたり殴打したうえ、多数の火炎びん、石を投げつける行為を繰返し、機動隊は催涙ガス、放水を浴びせて対抗し、約二時間後にこれを鎮圧したが同交差点及びその周辺一帯は騒然となり、火炎びん等が商店、民家等に飛び込み屋根及び窓硝子の破損、店内の炎上など被害が生じ、デモ隊、機動隊双方に多数の負傷者が出た。

(三)  その結果、原告を含む二四一名が凶器準備集合罪、公務執行妨害罪、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、傷害罪等の容疑で現行犯逮捕された。

(四)  原告は第一公園で開かれた10・20集会に参加し、その際、集会の指導者から「機動隊をせん滅し、第三ゲートに進撃せよ、成田空港に突入せよ。」といった発言がなされ、機動隊とデモ隊の衝突の不安が集会の途中で生じたにもかかわらず、同集会終了後、中核と書かれた白ヘルメットをかぶり、丸太、鉄パイプ、火炎びん等を携えた中核派等集団が同公園を勢いよく出て行ったのを知りつつ、同会場で渡された中核と書かれた白ヘルメットをかぶり、マスク、サングラスをして顔を隠し、首にタオルを巻き、手には軍手をし、ジーパン、作業用ジャンバーウィンドブレーカーを着用し、運動靴を履きこれに後続する集団の一員として同公園を出て行った。午後四時二三分ころ、バチバチという音により三里塚交差点で衝突が起き、これに引続き同交差点で機動隊と衝突が続いていたことを知りながら、同公園から同交差点に向かい道路一杯に広がった集団と共に進み、許可されていた大袋方向へ向かおうとすることもなく、同交差点に進入して行った。午後四時三五分ころ、機動隊とデモ隊の衝突の続いている交差点付近の大袋寄りの地点で、凶器準備集合罪、公務執行妨害罪及び火炎びんの使用等に関する法律違反の容疑で現行犯逮捕された。逮捕の際原告は機動隊の放水により水をかけられており、額に四鉢縫う怪我をしていた。

4  原告は現行犯逮捕された後、裁判官の発した勾留状により千葉県市川警察署に勾留され、昭和六〇年一一月一一日午後三時ころ釈放され、その後不起訴処分となった。そのため、年休扱いとされた時間を除き、同年一〇月二九日から同年一一月一二日午後三時頃まで欠勤した。

原告逮捕後、同原告の勤務する仙台市立通町小学校では原告の妻から逮捕、勾留の事実を学校に告げずに年休の申出があったため原告が担任していた三年二組の授業が欠けないように努め、右逮捕の事実は同年一一月九日の新聞等で報道され、同小学校では校長名で全保護者に対し文書で通知をするとともに、PTA役員会、学級世話人会、三年二組保護者会を開催するなど事態収拾のため尽力した。

三  右二に認定した各事実から、原告の右二の1乃至4の各所為につき被告主張にかかる法条の違反が成立するというべきである。これに対する原告の反論は右認定事実に照らし採用すべき限りでない。

四  してみると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮村素之 裁判官 水谷正俊 裁判官 青山智子)

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